腹七分目がいい

 

  よもやま話。

 

 

口から入る 食べもの も

口から出る 言の葉 (ことのは)も

腹七分目 が いいですね

他愛もない よもやま話 ですが

心を満たす ほかほかの一杯を 綴ります

 


あの日の鰯雲

 

悩ましいほどの 暗雲に 覆われた

本日の 小豆島

 

厚い雲の その上は

フーテンの寅さんのような  顔をして

 

泳ぐ 鰯雲が 

こちらを 覗いている

 

チャコールの空が

黄昏を 飲み込んでいきました

 

 

幼いころ

 

家路を走って帰った 夕空の色で

 

なんだか

お腹が 減ってきました

 

 

中今(なかいま)を生きる

先日

みやざき中央新聞 神戸読者会で

水谷もりひと 編集長から

心の琴線に 触れる

お話を 聞きました

 

 

1代が 2人の両親とすると

2代…………4人の祖父母

3代…………8人の曽祖父母

4代…………16人の高祖父母

7代…………128人

 

そして

 

30代まで さかのぼると

1代~30代……16億2453万8026人

の先祖がいる という

 

 

この事実を 知ると

いま過ごす この時でさえ

どれほど

深淵であり 強運なこと 

かが 分かる

 

 

あらゆる災害 戦争 苦難

の中にあっても 生き抜き

命がけで 次の世代へ

つないでくれた 先祖

 

ひとつは「いのち」

もうひとつは「志」

 

 

いま 自分がしていることの中に

遂げたかった 先祖の想い や

志がある

その想いを 引き継いで

志を リレーしている

 

 

神道の心 である

「中今(なかいま)を生きる」

ことだ という

 

 

子どもを 授からないまま

この世を去った 坂本 龍馬

 

生涯 独身のまま 

石門心学に 心身を賭した

石田 梅岩

 

いのちの灯は 消えても

志の灯は 煌々(こうこう)と

何百年たった 今なお

受け継がれて つながっている

 

魂のリレー だ

 

 

自分は どこから来たのか?

どこへ 向かっていくのか?

 

という 利己的な疑問符は

一抹の 風とともに

スコーンと 天高く 抜けます

 

 

16億2453万8026人 の志

 

中今(なかいま)の 自分が

公の精神を 持たずして生きる

だけ なんて 恥ずかしくて

とんでもない

 

なんだか 胸が 躍りませんか?

 

 

読書のすすめ さんは

本を 売っているのではない

 

みやざき中央新聞 さんは

新聞を 売っているのではない

 

魂をリレーしている

志の 商人(あきんど)です

 

 

以来 毎晩

「16億2453万8026人の

先祖のみなさま、今日も

ありがとうございます」

 

と 寝る前に 思う時間が

日課に なりました

 

先祖に 思いをはせる

ということは

「想念」と「内観」そのもの

 

大切ですね

 

さてさて

秋の 夜長には

心に効く

いい新聞と いい本

 

みなさまの人生が

秋晴れ と なりますよう

 

 

鰯雲(いわしぐも) を

眺めながら 思うのです

 

瑞穂の国

作物は 人なり

 

その言葉が 似合う人に 

先日 お会いした

 

うれしかったなぁ

 

 

 

農薬も 化学肥料も

使わないで 作っておられる

田んぼにも 連れて行っていただき

 

やっぱり 田んぼは いい

 

絶叫したくなる

瑞穂の風 ここにあり です

 

 

おかしな 減反政策に

連綿とつづく 農協制度

 

四季を生む 田んぼをこれ以上

減らしてはならない と思う

 

 

お米を 食べると 力が出る

 

パンは やはり パン

今の世の中は パンとサーカス

それに気づかないと 本質は彼方

 

 

SANPOUの 養菓子も 

田んぼに帰る時期が 来たかなぁ

と 

いろいろ思案中です

 

 

さて うれしいことに

偶然 マコモも 育てておられて

 

 

立派すぎて びっくり です

ありがたく いただきます

 

マコモの葉は 

これから焙じて マコモ茶に

 

すぎな茶も 解毒作用があり

植物性ミネラルが多く いいのですが 

マコモは 神代の時代から

類をみない 力があるのだそう

 

近年 

マコモを栽培する人が 増えているのも

神代からの 無言のメッセージ

ではないか と思う

 

マコモや すぎなの

出す野力を いただくと

何事も 入口より出口が大切

と 気づく

 

きっと 瑞穂の国は 

 

いい出口を

見つけられる国 

 

だと 信じている

 

 

仕草より思草

仕草」とは 

何かをするときの 表情や

思い入れを込めた 動作のこと

 

江戸しぐさは

「思草」と 書き

深い意味を もっています

 

「思」は 思う思考で

「草」は 行為 アクション 

 

その人が 培ってきた

考え方 や 思い が

その場 その時に 反射的に

とっさの形になって 

表れた行為 のことです 

 

三五館出版「江戸しぐさ 完全理解」より

 

思うことが とっさに

美しい行為 になったとき

思草 になる

 

 

雨の日に 狭い道で

人と すれちがうとき

相手に しずくが かからないよう

傘を かたむける 

傘かしげ

 

足を踏まれたら

踏まれた方も

こちらこそ うっかりしておりまして

と 不注意をわびる

うかつあやまり

 

 

人には 思いという 種がある

草は 生き方 だ

 

思草ひとつで

世の中という 野原が

美しく 循環していく

 

野の草を 知れば知るほど

それは 生き方そのもの

だと 教えられる 

 

当店の 自然薬草茶たち

 

その 生き方に 

恩恵をいただいた お客さま方々の

笑顔が 年々 増えています

 

ただ うれしい

 

 

Power  of  action

実行こそ力 

 

これからも 地に根を張って

伝えていきます

 

 

あるがまま

3日前に見た 

ふしぎな 夢

 

 

 

虹色 

としか 表現できない

クリアな明彩色の 花の絵を

いい気分で 

自分が描いている 夢

 

 

 

強烈な 印象夢 だったので

なにか うれしいことでも

近々 あるのかなぁ

目覚めた朝 ふと 思い

 

そのあと

その夢のことは

すっかり 忘れていたのですが

 

 

今日 その意味に 気づきました 

 

 

東京都江戸川区 篠崎にある

「読書のすすめ」の店主で

「逆のものさし講」代表の

清水克衛さんと

 

NPO法人 読書普及協会 チーム広島で

かつ 逆のものさし講 広島勉強会を

まとめておられる doxi通称名 

中ちゃん さん が 

広島勉強会のあと 

当店に 立ち寄って下さいまして

 

うれしい

なんて 言葉は 軽くて 軽くて

 

あかんなぁ 自分

 

語彙(ごい)が 脳に 少ないのか

こういう 肝心なとき

いい表現の言葉が 出てこないけれど

 

新しい 教示を いただいて

うれしげに ずっと 眺めております

 

 

一切皆苦(いっさいかいく)

を 超えた 先にある

一切歓喜(いっさいかんき)

 

超える ということは

表と裏

表裏一体 に 身をおくこと

分別しないこと

今の自分は 感じています

 

歓喜 という 言葉は

とても 自然(じねん)的な色

 

歓喜の色は きっと

虹色だ 

 

3日前に見た 夢が

そう 教えてくれているよう

 

虹色は 自然(じねん)であり

自然(じねん)の中にある 自分

 

日本に 蔓延している

自然(しぜん・ネイチャー)から

自然(じねん)に戻る時が 来ている

 

あるがまま の世界

 

 

なんだか 

しなきゃならんことが 見えてきたので

あるがまま 動いてみます

 

 

 

でも 

おふたりが 

温泉に入ってから お店へ 

また 戻って来て下さると聞き

(そういや お昼時!)

ハタと思いついて 急いで作った

梅のおむすび 厚焼き玉子 佃煮

 

お風呂上がりは うどん かな~ と 

思って ストック棚を探したら ない!?

あっ!昨日 食べてもうた!)

 

ということで

場当たり的に こしらえてしまい

申し訳なく 思っています

 

いつも スタッフに 仕事は

「気を使う」のではなく

「気を利かす」こと

 

なんて 言っているのに

反省しきりです 

 

これこそ ドクスメさんのSAL

スピード アドリブ ライブ

まだまだ 修行が 足りませぬ

 

 

と 自省して…

今日は ほんとうに

清水さん 中ちゃんさん

お疲れのところ 来て下さって 

ありがとうございました

 

ゲッツ!な栗坊

茶房でのみ

お召し上がり いただける

 

香りたつ 栗の 渋皮煮ソテー

 

お出しする 直前に

薬草酒(リキュール)で

ソテー しています

 

渋皮煮のまま とは 

まるで ちがう

 

ダンディな 栗坊

 

変身する 

栗坊の 直前の 姿

めくるめく 秋

ワクワク しませんか?

栗、はじまります

ようこそ 栗坊

久しぶり

 

ハリのある 丸丸とした

良い 顔に 

今年も また 会えました

 

うれしいなぁ~

「渋皮栗、もう、してますか?」

「渋皮栗、いつからありますか?」

「栗は、まだ?」

 

と 本日も

お問合せを いくつか頂戴しまして 

 

このところの

朝晩の 急な 涼しさでしょうか

 

今年は お客さまの

秋(栗)の感覚が 早いようです

 

ありがたいことに

毎年 楽しみに して下さっている

栗の 自家製 渋皮煮

 

出来上がりに 

丸4日は 要しますので

予定では

9月30日から お出しできそう

 

 

栗坊も

 

みなさまに お会いできることを

楽しみにしている 満面の顔

 

よく あることなのですが

銀寄栗の 中に

利平栗 が3個 混じっていました

収穫量が 少ないので

栽培者泣かせ と呼ばれる栗

 

頭のてっぺんの 長めの栗毛

めちゃくちゃ かわいい

こちらの 利平どん 

 

糖分による 浸透圧で

利平の 持ち前の 粉質の良さが

渋皮煮では 発揮できないので 

利平どん に限り 別のフィールドへ

 

栗それぞれの 持ち味 

加工法 ひとつで 

生かすか 殺すか 変わります

 

栗の 奥行き

 

毎年毎年 積み重ねても 

面白くて 勉強ばかり

 

あとは

自分が できることを 

誠心誠意 取り組むだけ

 

栗坊 よろしく

 

 

さあさ

 

おいしくなあれ の 時間ですよ

福そうじ

台風が 無事に去り

去った後は

大忙しの 塩拭き掃除

 

潮風は

その名のごとく

 

塩の風

 

微粒子 と なった塩が

窓に  びっしり 付きます

 

水で 洗ってからでないと

拭くだけでは 

磨いたような

きれいな窓に なりません

 

 

実は

 

掃除が趣味 と 言ってもいいほど

掃除が 好きで

 

ここでは 書ききれませんが

自分の 掃除にまつわる

エピソードは 多々あります

 

つい

忙しいとき

掃除に 手が回らないと

あ~ッ! 掃除したい!!

と 本能が 叫びます

 

昔からの 性分でしょうか

 

 

拭き(ふき)掃除は

拭く掃除 = 福 掃除

 

窓であれ 床であれ 

福そうじ 

いいことばかり です

 

ほんとう ですよ

 

ピカピカの 窓ガラスの 

四隅を 指さして

 

「おぃ!見てみい!

あんな隅まで、窓ピカピカやぞ」

 

と お連れの方に言いながら

目を止めて下さる お客さまも居て

 

それぞれ お客さま流の

表現があって 面白くもあり 

いつも 励まされています

  

あ~ よかったなぁ

単純な頭 なので 

喜んでいます

 

 

拭くそうじ~

福そうじ~

 

いいですよ

 

御崎タイフーン

 

本日は 

台風のため  お休み と なりました

 

海側が 全面ガラス窓なので

台風 などの強風の日は

申し訳ありませぬ

お休みいたしております

 

赤穂御崎は

文字どおり  にあるので

海風が とにかく

すさまじい のです

 

ただいま 朝10時

 

暴風雨で 小豆島も 

まったく 見えません

!!!

 

この場所で 開業した当初

ご近所の方が

 

「御崎は とにかく 対策」

 

助言して下さったことが

肌身にしみるのも すぐでした

 

急きょ

臨時休日を

いただくことに なったので

 

秋メニュー替え と 

新たな 試作に

没頭したいと 思います

 

大風 大雨

みなさま どうか

お気をつけ下さい

 

 

香るカマキリ

!!!

初めて 

ジンジャーの花 が 咲きました

 

思い返せば

6年前の オープンのとき頂いた

たった ひとつの 小さな鉢植え

 

大きくなっては 

鉢替え 株分けを 繰り返し

 

今では 

野菜用の 深めの大型プランターに

なんと 8鉢

 

ジンジャーの 花の香りは

なんとも言えない いい香り

 

お店の前に置いている

ベンチに座ると これまた

いい香り

 

6年 かかりましたが 

やっと やっと

花に 会えた

 

いつの日か

 

自分たちが描く あの場所で

 

この ジンジャーリリーたちが 

園のゲートで 咲き迎えてくれることを

夢見て 育てています

 

 

そうそう

 

ここで

カマキリたちも 

いっしょに 育っています

 

香りに 寄ってきた虫を

捕らえるためなのか

花の近くに よく居るのです

 

カマキリの 生きる知恵

 

野生の知恵は たくましい

 

きっと

カマキリの 身体にも 

自分たちの 夢の香りが 

しみついている

 

草履片々、木履片々

黒田 如水(官兵衛)が 

息子の 長政に 諭(さと)した言葉

 

草履片々(ぞうりかたがた)、

木履片々(ぼくりかたがた)

 

木履(ぼくり)とは 下駄のこと

 

片方ずつの 草履と下駄を

父から 手渡された 長政は 

その場で 考え込んだ

 

 

(どんな意味が あるのだろう…?)

 

 

如水が 静かに 口を開きます

 

 

「よいか。

特別な意味を考えたり、

無駄に考えを重ねるのではなく、

決断せよ。

思慮が過ぎても、戦に勝てぬ。

時によっては、

片足に草履、片足に木履という

不完全な状態でも、人は

走りださねばならぬ時がある。

それが上の者の務めなるぞ」

 

 

片足に 草履

片足に 下駄

を  はいて歩くように

 

常識にとらわれない 生き方

常識にとらわれない 決断力

 

を 暗に 諭したのだという

 

 

わたしが 

心の奥に いつも留め置く

岡本太郎氏の 一言(いちごん)

 

 

キャンバスをはみだせ

 

 

同じ風が 吹いている言葉だ

 

そういうわけで 

 

現在は こちら赤穂で

片足に 草履と下駄で 突っ走っている

SANPOU なのです

キャンバス

はみだして いますか?

ゆらぎの魔法

オーブンから出したて

湯気立ち ほやほや

 

チーズケーキの

プチホールさん

 

ワンホール

おひとりで食べる ツワモノ

 

つい 驚いて 二度聞きします

 

いま

果物が みずみずしい季節なので

オムレットも ぶどう 

 

お客さまは 正直

まっすぐ 答えを 下さいます

 

自分も 

ぶどうオムレット生地

こんなに合うとは 正直 驚きでした

 

ジェノワーズ  や  他の生地では

なにか  合わない

過ぎた味 がする

 

なんでも そうだけれど

「過ぎない」塩梅が 大切

 

ぶどう って 

そのままが いちばん美味しい

ので  案外 難しいのです

 

がっ

 

オムレット生地 が

良り良い 受け皿になることを

働き者の ガスオーブン

証明してくれた

 

これは きっと

ガスオーブンの魔法 だ 

 

電気オーブン には ない

ゆらぎのある

火の魔法

 

ふくらんだ チーズケーキ

そう  言ってる気がして

 

製造中に 

写真は 滅多に 撮らないのに

珍しく

写真を 撮ってみたわけ で あります

 

 

実は 

 

お米も

どんなに 優れた

マイコン電気釜  より

ガス炊飯器 = 直火炊き

の方が 美味しい

 

時間があるときは

ガスコンロで 土鍋で 炊きます

 

火という ゆらぎ

「ゆらぎ」の魔法

 

人知では はかりしれない

美味しさの魔法 

ずっと 探求したいなぁ

 

 

口遊(くちずさみ)

血が 騒いでいます

 

現在 読んでいる

し  しびれる

江戸時代 

石門心学を 分かりやすく

庶民の人々に 説き続けた

 

柴田 鳩翁 の

口遊(くちずさみ)

 

この時代の 口語そのまま

記し 残されています

 

 

「これが仁なり、

人の心でございます。

 

よその話のようなれども、

すなわちごめいめいさまのお心が

トント無理のない

仁の丸無垢(まるむく)、

 

いまあなた方の、お心の

店(たな)おろしを

いたしていまするのじゃ」

 

 

石田梅岩を学ぶ わたしにとって

心は 沸きたつばかりです

 

お心の 店(たな)おろし

 

初めて聞く しびれる言葉

 

 

また こののことは

のちのちに…

 

 

 

顔を見たいから

片道3~4時間 かかるかな

 

 

鏡野町の Kさんご夫婦のもとへ

車を 走らせました

 

 

電話でも 済むことだけれど

顔を見て 膝を割って

自分たちの思いを 話して

お伺いする お願いする 

それが 大切 と 思うわけで

 

でも やっぱり

つまるところ

 

顔を見たいから

 

それだけで

 

 

さてさて 前日 

滝のような雨の 台風渦

どこにいったか きれいな青空

 

鏡野の 澄んだ空気

胸に 染みます

 

到着するなり

「またたび、今年は、

早う落ちとるんじゃけど、

今から、行ってみる?」

 

(行きます 行きますとも!)

 

というわけで

思わぬことに またたび拾いに

また 山に 連れていってもらった

 

わたしたちが たぶん喜んで

山に行くだろう と 想定して

高枝切りバサミを 用意して

待って下さっていた

 

以前 わたしたちが

「またたびって、採れますか?」

と聞いた たった一言を

覚えて下さっていた

 

しかも

採った実を 煮沸滅菌して干して

試してくれていた

 

その気持ちに

心の中で 手を合わす

 

 

今年 初めての

生またたび

 

帰途に就いた 午前0時過ぎ

無事に 焼酎に 漬けました

 

毎度 

長くお邪魔して すみません

 

Kさんの お話は

いつもながら 大爆笑 してしまう

 

ずっこけるほど 面白くて

ほんとうに 人のいい方々

 

今回 教えてもらった珍しい話

 

木地師 といわれる人の中でも

木の年輪の中心部 からしか作らない 

木地師 は ほぼ100%

「小椋さん」なのだとか

 

むかし

この難しい荒技を 伝承するため

「小椋」という姓に 

統一した 匠たちが

日本各地の 山々に 散っていったそう

 

全国の木地師で「小椋さん」は 

伝承者 の流れを汲んだ 

本物の匠 だそうですよ

 

面白いなぁ

 

なんだか 

匠の覚悟 と 

ロマン を 感じませんか

 

穀琲(kokufee)

そんな ロマンを胸に

一歩一歩 すすめていきたいなぁ

 

 

仕事って やっぱり 志事

 

ロマン

 

ですよね 

 

 

なんてったって

間に合ったぁ

炊けたぁ

 

ゴーヤの佃煮(つくだに)

佃煮作りが 好きなんです

 

夏の佃煮といえば やはり ゴーヤ

 

ビタミンC ミネラルが豊富で 

体の疲れには もってこい

毎夏 作っています

 

この間の 夕方 電話が鳴り

「家の裏で採った、いちじく。

いまから持っていくから~」

と Wさん

 

(Wさんの家から、うちのお店まで

う~ん、40分?くらいかな?

間に合うか分からんが、よっしゃッ!)

 

と 思い立って 

作りはじめた ゴーヤの佃煮

 

もう着くか もう着くかと

ガスコンロの前で ハラハラ

しながら  炊き上げていると

ガラガラ~と 土間の戸が開く音

 

あれや これやと 話をしてる間に

なんとか 間に合って(セ~フ)

おすそ分け できました

 

たまたま  

夏風邪気味 のようでいらしたので

ちょうど 良かったなぁ

あ~ 良かった

 

弱り気味の 夏の体には

なんてったって ゴーヤの佃煮

(かゆ)と食べると なお 良し

 

わたしにとって 

佃煮さんは 食卓の 

なんてったって アイドル 

 

しかも

SANPOUの 隠れたアイドル

でもあります

 

当店の 冬メニュー

「大納言ぜんざい」

の箸休めに 毎年 華を 添えてくれます

年の瀬の 足音が 聞こえてきたら

 

なんてったって ♪ 

ぜ~ん ざ~い ♬ 

ですから

 

かき氷のひと~

先日

赤穂から 車で1時間ほどの町 

龍野(たつの)に 行った折

 

たまたまの神さま

またまた びっくりな出来事に

引き合わせてくれました

 

場所は 如来寺の参拝者駐車場

 

お参りしようと思い 車を止めて

山門に向かって 歩いていたところ

 

「赤穂の さんぽう さん?」

 

「はっ!?(声の方に振り向く)」

 

駐車している車のドアから 顔を出し

出てきたのは 良く見覚えのある女性

 

(アッ…お店に来て下さっている方!)

 

女性「どうして

龍野にいるんですか?」

 

「…えっと、

大事な用事がありまして、

今日は龍野に…。あッあの、

もしかして

龍野の方だったんですか?」

 

女性「はい!そうなんです」

 

「えええっ!!(のけぞる)

龍野から来て下さってたんですか!?」

 

女性「はい!子供も好きで。いま、

子供が『ママ~!かき氷のひと~』

って言うので見て…。私より子供が

先に気づいて、アハハハ!」

 

と 言いながら  

車のスライドドアを 開けました

 

その 後部座席には 

かわいい  双子の女の子が

ニコニコ 顔をのぞかせていました

 

お店で 良くお見かけしていた

小さな かわいいお客さま ふたり

 

話は続きます

 

女性「実は、家の事情で、近々、

大阪に引っ越すんです」

 

「えええっ!!(再びのけぞる)

そうなんですか!!」

 

女性「そうなんです。いつも、

ケーキもかき氷もあんみつも、

みんな美味しくて、子供も好きで、

行っていたので…。でも、

大阪から、またお店行きますね」

 

「…ありがとうございます。

大阪に行っても、どうぞお元気で!」

 

 

………………

 

 

初めて分かった お客さまの事情

初めて分かった お客さまの気持ち

 

初めて分かった日に お別れ

 

でも

「どうぞお元気で」

と お見送りの言葉が 伝えられた

 

たまたまの神さま ありがとうございます

 

この日 偶然 会わなかったら

「最近 あの双子ちゃん と お母さん

いらっしゃらないなぁ」

と 思っていたかもしれない

 

SANPOUは 

いろいろな方々に

支えていただいている

 

他生の縁に 支えられている

 

わたしも きっと誰かの 他生の縁

思うことは ただひとつ

あんみつを ペロリと食べていた

双子ちゃん

 

もう まもなく

 

「かき氷のひと~」

から

「あんみつのひと~」

に 

変わる季節が  やってきます

 

 

講という糸

今宵は 新月

 

満月は 吸収するエネルギー

新月は 出すエネルギー

 

なので

宇宙の法則に 心をゆだねて

今宵は 書いてみます

 

 

…………?

うんうん……なるほど

ん?……んん!?

う~ん……。。。

 

最近のことですが

こんな感覚が 堂々巡りする事に合い

 

この違和感はどこからくるのだろう?

と モヤモヤ 模索していたところ

 

「読書のすすめ」の店主で

「逆のものさし講」代表の

清水克衛さんに 思いもかけず

本質を突いた言葉を かけて頂いて

ようやく 心が 凪(な)ぎました

 

時代が変わっても ずっと残る

普遍的なもの=「縦糸」

 

時代が変わったら すぐに

役に立たなくなるもの=「横糸」

 

あの モヤモヤは

「横糸」だらけの羅列に

潜在意識が きっとNOサインを

出していたんだろう と思う

 

 

わたしの 変な質問にもかかわらず

電話口で 温情がにじむ声色と沈黙で

わたし自身にい を感じさせてくれる

言葉で 話してくださいました

 

自分は

「逆のものさし講」の講生として

まだまだ 未熟だなぁ

と 思ったのと同時に 

 

まだまだ 未熟でよかったなぁ

と  

問いを 見出すことの 喜び  と

魂に 挑戦の炎が 点きました

 

 

善いか 悪いか

正しいか 正しくないか

で決めない「無記」という考え方

 

読書は

答えを 探すためではなく

問いを 見つけること

 

本を 分かろうとしないこと

 

自分なりの問いを 実践で 

物事にぶつかっていくうちに

そのうちつかんだものだけが

その人にとっての 

本物

この本を 初めて読んだ夜

頁(ページ)を めくる指先が

心臓の鼓動に なりました

 

ドキドキ が止まらず

次の日 朝早くから仕事があるのに

明け方 4時まで 完落ち完読した

思い入れのある一冊です

 

いや これは 本でないのかも

 

本であって 本でない

魂が 燃える 言霊(ことだま)

 

SANPOUの 本棚で

燃えたい貴方を お待ちしています

縦をつらぬく「講」という糸

 

同じ思いの人が 全国にいる

至極 真っ当で 面白い糸

その糸が 何かを織り始めている

 

 

「心に正直に 読書する者は

理屈より 直観を頼りに

していいと思いますよ」

 

 

今宵は 新月

直観を 出すには いい夜です