目で読むSKラジオドラマ

タクシードライバーのキムラは、この道30年のベテラン。

 

東京の抜け道はハンドルを持つ手が隅から隅まで覚えている。

車内では相棒のラジオがいつも流れている。

 

 

 

今日は朝から若い男性の客をひとり乗せた。

行き先は「東京見物で流してほしい」

というありがたい客人だ。

 

ミラーごしで話かけるが微笑むものの無口だった。

 

 

ところどころ、その男性はケータイで誰かと連絡をとるが、

それにしても変わった形のケータイだ。

あまり見たことのないそのケータイで、

さっぱり意味不明の外国語でなにやら話すのだ。

 

 

ミラーごしにチラチラ見ていたその瞬間、

中学生くらいの男の子がスマホをしながら道に飛び出してきた。

 

キイーーーーーーッ(車のブレーキ音)

 

ドライバーのキムラは、思いもかけず急ブレーキを踏む。

「コラー!!なにしとんや!」

昔の関西弁が口から出てしまった。

 

 

ハッと我に返り、後ろの座席の男性へと振り向く。

「お怪我はありませんか?すみません、すみません、なにしろ…」

 

ケータイを持つ男性に平謝りするキムラ。

電話中だった男性は気にするなとばかりに手を振る。

あいかわらずの無言だった。

 

 

 

それから1時間ほど東京見物で流す時間が過ぎていった。

 

 

すると、そこにラジオからニュースの速報が流れてきた。

 

昨夜未明から誘拐事件が発生しているという。

外国人と思われる容疑者の行方を追っているのだが、

その容疑者との交渉中の音声に、関西弁らしき声が

聞こえるらしく関西では特別包囲網がしかれているという。

 

 

ラジオキャスターは淡々とニュースを読み続ける。

 

「たったいま、新しいニュースが入ってきました。

容疑者と思われる音声の一部を入手し、情報を求めて

全国公開されました。その音声がこちらです」

 

 

 

ドライバーのキムラはこの道30年のプロだ。

客人が電話をするときはラジオの音を小さくする。

ミラーごしに見た男性がまた電話をかけ始めたからだ。

 

眉ひとつ動かさず、慣れた手つきでラジオのボリュームに指をかける。

ラジオの音が消えるその一瞬だった。

 

コラー!!なにしとんや!」

 

耳障りなノイズに混じって聞こえた音声。

(これ、オレの……)

 

ミラーごしに男性を見ると、まだ電話中だった。

あいかわらず意味不明の外国語で話している。

 

 

 

キムラは我に返った。

この客人がラジオで報道されている容疑者なのか?

 

しかし今は密室のタクシーの車内。

容疑者と思われるこの男性の要望は、

タクシーを止めることなく東京見物をすることだ。

車を止めずに、しかも怪しまれることのないように、

逃がさず警察に伝えるにはどうしたらいい?

 

 

しつこいが、ドライバーのキムラはこの道30年のプロだ。

しかもゴールド免許で無事故無違反タクシーが誇りだった。

それが今、警察につかまる方法を考えることで頭がいっぱいだ。

 

 

(そうだ!あそこなら…!)

東京の道を熟知しているキムラの脳裏に浮かんだ場所。

 

 

そこは、ある下町。

いつも警察が取り締まりしている踏切だ。

 

なぜなら狭い商店街に抜けるその踏切は、たこやき屋台で死角になって

警察車両が隠れるため、一旦停止をしない車を検挙する踏切として

地元ではよく知られているのだ。

 

タクシー業界では、そこを「ふみけん(踏検)」と呼ぶ。

 

キムラは若手の新入ドライバーが入ると、その「ふみけん」の場所を

を教えて注意を促したりしていた。

 

(あの踏切の先には観光名所がある。怪しまれないかも…)

 

 

しかし、キムラはふと考えた。

 

ゴールド免許で無事故無違反タクシーのまま定年する夢を

堅実に自分は守り通してきたのだ。

しかも来年、定年を迎えるというこの時に。

危機的な状況とはいえ、甘んじて自ら違反をするのか……。

 

 

 

 

ドライバーのキムラがとった行動とは………?